庭の宿ストーリー ~誕生秘話~

今回は庭の宿シリーズの誕生秘話をお話いたします。
運営会社である株式会社デザインクラブは、1998年に阪神・淡路大震災の復興支援の取組みとして、兵庫県が主催したビジネスコンテストで、公的ベンチャーキャピタルの出資を受け、創業しました。住宅、ホテルのプランニング・デザインを手掛け、ホテルは10,000室以上、マンションは1,000棟以上の実績を持っています。
古民家との出会い
この事業の始まりであり、最も人気が高い飛騨高山の1棟目の宿は、その場所を見つけるまでにも特別な経緯がありました。
ある時、ホテルの仕事の打ち合わせで、高山を訪れる機会がありました。
その際、「高山に来たことはありますか?」と尋ねられ、
「昔、社員旅行で来たことがあります。古い街並みがコマーシャルに出ていましたね」と答えました。
そして「今日は泊まられるのですか?」と聞かれ、
「今日は泊まって明日ゆっくり散策して帰ります」と伝えると、
「絶対行った方がいい」と勧めてくれたのが、古い街並みの反対側にある櫻山八幡宮でした。
また、宮川沿いにある江名子川という小さな川があり、
その場所が「ものすごく風情があって、上の方に美味しいカフェがある」と教えてもらいました。

草の庭
今までは、新しいものを作るお手伝いをさせていただいていましたが、
特に、祖父が仏師だった影響もあり、職人への尊敬の念から古い建物に魅力を感じていました。
教えてもらった場所へ行こうと、当初は上り坂をずっと上って行きましたが、
何か気になって一度引き返し、もう一度じっとその場所を見た時に、まさに「ビビビッ」ときました。
そこには「空き地」と書かれた場所があり、奥に下がった土地が広がっており、
上から見ると広い土地に見えるのですが、うちわのような形をしていて、
その半分は土地が落ち込んでいるという、少し変わった複雑な構造の土地でした。
しかし、その場所を見た瞬間に「神戸(事務所)から離れたところで、チャレンジをしてみよう」という強い思いが湧いてきました。
この場所と出会い、「どうせトライアルするなら、ポンと離れたところでやってみよう」と覚悟を決め、
翌週には不動産屋に連絡し、すぐにその場所を見せてもらいに行ったのでした。

おばあちゃんとの絆と「最高の言葉」
その場所は、75歳くらいのおばあちゃんが一人で住んでおられた平屋でした。
娘さんは既に独立し、ご主人や義母を亡くした後、一人で暮らしていたそうです。
娘さんは近くのマンションに住んでいて、おばあちゃんを心配して、この家を売りに出していました。
しかし、なかなか買い手がつかず、複数の不動産会社が売却に苦心している状態でした。
その家の美しい庭に魅力を感じ、
「古民家を活かしたビジネス、つまり一棟貸しの宿泊施設にしよう」と決意しました。
「草の庭」は、国の重要文化財である”日下部民藝館”を建てた
名匠 川尻治助氏が活躍した明治時代に日下部家の出家として建てられたものを、
移築した建物だと元の所有者の方に伺いました。

清水氏の作品は丹生川町にある田上家(高山市指定文化財・日本遺産の構成文化財)にも飾られており
明治時代に飛騨古川で活躍した彼の襖絵がこの『草の庭』にも残されており、息づくような筆使いをご覧いただけます。




そして、完成した宿のお披露目の際、まず最初に、家を売ってくれたおばあちゃんとそのお嬢さんを招待しました。
宿を見たおばあちゃんは、本当に涙を流して喜んでくださり、
「前のまんまだけど新しい、新しいけど前のまんま」という言葉をかけてくださり、
この言葉は、「忘れられない最高の言葉」になりました。
単に改修しただけではなく、長年住み慣れた「家」の記憶や温かみを大事にしています。
デザインを本業としている私たちが、住人の思いや建物の歴史に深く寄り添い
「古いものを大切にし、活かす」という哲学が実を結んだ瞬間なのだと感じました。
櫟の庭
2棟目は、1棟目のすぐ近くにあった、昭和初期に建てられた長屋のような古民家を改修しました。
譲り受けた時は、まるで持ち主が突然いなくなったような、生活用品がそのまま残された状態で引き渡されました。


この建物は、昭和初期、大工さんが一人で建てたもので、神棚も手作りされたものです。

玄関にある「黒船」もご自身で作られ、1Fのお部屋にか飾ってある屋台も手作りされたそうです。
どれも精巧に作られており、楽しんで作られたのだろうなと心がほっこりします。

庭には、宿名の由来となった櫟の木があります。

紀文の庭
重要文化財保存地域内にあり、日下部家や吉島家といった重要文化財の並びに位置する宿です。
元はお蕎麦屋さんだった古民家を改修しました。
「紀文の庭」というお蕎麦屋さんをそのまま宿名に起用しています。


厨房部分を寝室に変え、庭を整備して宿泊施設としています。





秋に開催される高山祭のエリアに位置しており、目の前で見れるお祭りは圧巻です。
宿を楽しむポイント🎈
あの呪術廻戦で有名になった「両面宿儺」のお札も元のままで置いております。
ぜひ探してみてください!

星と風の庭
兵庫県に会社を構えていることから、4棟目は、兵庫県神河町で宿の運営を決断しました。
築50年ほどの比較的新しいお宿ではありますが、法令が変わり、200㎡まで可能となりました。
庭の宿シリーズで一番収容人数が大きい最大16名までご宿泊が可能です。




トロッコと銀の庭
星と風の庭でご縁があった朝来市生野町のいくの地域自治協議会からご紹介をいただきました。
初めて生野町に行った印象は、高山市までの電車で名古屋から上った場所にみえる渓谷と、
神河町から生野へ上ったときの景観がそっくりで、心を打たれました。
敷地の目の前は、生野銀山で使われていたトロッコの線路が残っており、
市川も流れる歴史的で美しい景観に見惚れ、生野町でも宿の運営を決意しました。


この景観を個人の所有物にするのではなく、その景観を多くの人が楽しめる「みんなで使える宿」にすることを目指し、
通路もガラス張りにすることで、宿泊者以外も景色を楽しめるよう工夫しました。

最後に
私たちの宿は、古い建物や庭の美しさ、そこに刻まれた人々の暮らしの記憶を大切にしながら、
一棟一棟、丁寧に手を入れて再生した“特別な場所”です。
第1号である高山の「草の庭」は、かつておばあちゃんがひとりで住んでいた家でした。
改修後、そのおばあちゃんが涙を流しながら「前のまんまだけど新しい、新しいけど前のまんま」
と言ってくださった言葉が、今も私たちの原点です。
デザインや便利さだけではなく、「時間が積もった空気」「誰かが大切にしてきた風景」を感じていただけたなら、
私たちにとってこれ以上の喜びはありません。
どうぞ、ご滞在のひとときを、ご自身の庭のように、ゆっくりとお楽しみください。
皆さまの旅の思い出が、深く心に残るものでありますように。